御器谷法律事務所

取締役の従業員の引き抜き行為と取締役の善管義務違反、忠実義務違反

東京高等裁判所 平成16年6月24日判決

(1) 上記認定の事実によれば、被控訴人Yは、遅くとも平成一一年一〇月ころから、控訴人会社の従業員に対し、控訴人会社を退職して、被控訴人会社に入社するように働きかけていたものであり、取締役であった被控訴人Yが平成一二年七月一〇日には控訴人を補佐して控訴人会社を支えていく旨を述べながら一週間後には辞表を提出していることや、Aをはじめとする一〇名の従業員が、わずか三か月程度の短い期間に、家業の手伝いなどの理由で退職しながら、被控訴人会社に入社していることなどの事情に照らせば、これらの役職員は、自らの意思のみに基づいて、控訴人会社を辞めて、被控訴人会社に入社したと考えることは困難であり、控訴人会社の従業員が同時期にかつ大量に退職したことについては、被控訴人Yの勧誘が主要な原因であったことは明らかというべきである。そして、控訴人会社においては、前記のとおり、代表者である被控訴人Yを中心とした家庭的な人間関係が築かれていたこと、退職した従業員の中には、辞職する理由につき、泣きながらやむを得なかった旨を訴えた者がいたこと等の前期の事情に照らすと、被控訴人Yによる従業員に対する働きかけは、それが絶対的強制とはいえないまでも、相当強力かつ執拗なものであり、従業員が、それまでの職場における人間関係などの事情から、その意に反して、控訴人会社を退職することを余儀なくされるような状況が作出されていたことが推認されるといわなければならない。
 ところで、被控訴人Yは、当時控訴人会社の代表取締役の地位にあり、取締役として、善管注意義務及び忠実義務を負担し、控訴人会社の利益に反する行為をしてはならない立場にあった。しかるに被控訴人Yの上記勧誘行為は、BやCなどこれに応じなかった者もいながら大量の退職者が出たことを考えると、控訴人会社の営業や技術を担当するほぼすべての従業員を対象にしたものであったと解され、従業員がこの勧誘に応じれば、控訴人会社の営業や技術を担当する従業員がいなくなってしまうことになり、控訴人会社は、営業活動に支障を来し、また、顧客からのメンテナンス等の要請にも応じられなくなるなど、その事業遂行ひいては会社の存続に壊滅的な打撃を受けるであろうことは明らかであり、実際にも控訴人会社は、それに近い状況に陥ったことは、前記のとおりである(ことに、前記認定の事実によれば、被控訴人会社は、その大半の業務が、控訴人会社に納入するキャップアイシステムの製造であり、直ちに営業を行ったり、メンテナンスにあたる従業員を大量に採用する必要があったかは疑わしく、このことを考えれば、被控訴人Yは、控訴人会社に対する害意を有していた可能性すら窺うことができる。)。
 以上のとおり、被控訴人Yによる前記引き抜き行為は、控訴人会社に対する善管注意義務、忠実義務に反する違法な行為というべきであるから、被控訴人Yは、控訴人会社に対し、同行為によって控訴人会社が被った損害を賠償する義務があるというべきである。
 なお、上記従業員らが退職した時期は、被控訴人Yが控訴人会社の取締役を辞任した後のことであることは前記のとおりであるけれども、前記認定事実によれば、被控訴人Yの上記従業員に対する勧誘行為の主要な部分は、取締役在任中に行われていたものと認めるのが相当であり、したがって、被控訴人Yの勧誘行為とその取締役退任後に発生した従業員の退職との間には相当因果関係があると認めるのが相当であるから、被控訴人Yは、取締役辞任後の上記従業員らの退職についても、責任を免れないというほかない。
(2) 次に、被控訴人Yの責任について検討するに、被控訴人Yも被控訴人Yとともに控訴人会社の取締役の地位にあったこと、他の従業員と呼応するかのように平成一二年七月に突如控訴人会社を退職したこと及び平成一二年二月ころ、被控訴人YやOがBに対して控訴人会社からの退職を働きかけた際に同席していたことを考えると、被控訴人Yも、被控訴人Yの前記引き抜き行為を知り、これに同調していたことは容易に推測することができるが、本件全証拠によるも、被控訴人Yが従業員の引き抜き行為において積極的な役割を演じたり、これに加担したとまでは断定するに足りない。しかしながら、被控訴人Yも、被控訴人Yと同様、取締役として、控訴人会社に対する善管注意義務、忠実義務を負っていたことは否定できないところであり、なおかつ、前記のとおり、被控訴人Yが控訴人会社の従業員多数を被控訴人会社に移転させようとしていることを知っていたのであるから、少なくとも、この計画を阻止し、控訴人会社に損害が発生することを未然に防止する措置を講じなければならなかったというべきである。しかるに、被控訴人Yは、これを怠り、控訴人会社の多数の従業員が被控訴人会社に移転するという事態を招来させてしまったのであり、このような事情にかんがみれば、被控訴人Yもまた、善管注意義務、忠実義務に違反したといわざるを得ないから、控訴人会社に対する損害賠償義務を免れない。
(3) さらに、控訴人会社は、被控訴人会社にも損害賠償責任がある旨を主張するので検討するに、被控訴人Yによる従業員らの引き抜き行為は、上記従業員らに控訴人会社を退職してその後被控訴人会社に就職するよう求めるもので、被控訴人会社にとっては、従業員の募集行為という業務の範囲に含まれるものということができる。そして、被控訴人会社の代表者である被控訴人Yによる上記従業員らに対する引き抜き行為の態様は、前記のとおり、強力かつ執拗なもので、強度の違法性を帯びたものと評価し得るものであることにかんがみれば、上記引き抜き行為は、被控訴人Yが、被控訴人会社の代表者として、その業務である従業員の募集につき、不法行為を行ったものとみるのが相当であり、以上によれば、被控訴人会社は、控訴人会社に対し、民法第四四条第一項に基づき、上記不法行為により控訴人会社が被った損害の賠償責任を負担するべき義務があるというべきである。


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