公会計改革はなぜ必要か
―財政制度審議会「公会計に関する基本的考え方」を読んで―
1 はじめに
去る6月30日、財政制度審議会 財政制度分科会 法制・公会計部会は、「公会計に関する基本的考え方」について報告書を取りまとめ、塩川正十郎財務大臣に報告した。
筆者は、昨年7月30日まで会計検査院検査官および院長として5年間にわたり公会計の検査の指揮に当たってきた。この間、筆者は公会計検査とはなにか、また公会計検査の目的・意義を考えてきた。会計検査院検査官に任命されるまで私立大学の法学部に所属し専門分野の経済法の研究・教育に当たってきた筆者にとって、会計検査院の検査活動はまったく専門外の分野であった。しかしながら専門外であった故に、これまでの伝統や慣行に影響されることなく新たな目で客観的に公会計および公会計検査の現状を見ることが出来たと考えている。こうした経験を踏まえ今回発表された「公会計に関する基本的考え方」について意見を述べてみたい。
2 会計検査から見た公会計見直しの視点
筆者が会計検査院に検査官として就任したとき、検査の観点および手法は正確性および合規性にその中心が置かれていた。しかし平成9年には会計検査院法が改正され、経済性・効率性および有効性の観点からの検査、すなわち公会計に対する業績検査(performance
audit)が可能となった。このように効率性・経済性および有効性の観点からの検査に法的根拠が付与されたとはいえ、会計検査院の検査に当たる調査官の意識はいまだ業績検査を重要視していなかったし、検査院の検査体制も業績検査に適したものとはなっていなかった。当然のことながら、内閣を経て国会に提出される決算検査報告に掲記される事項も正確性および合規性の観点からの個別会計行為の検査結果であるいわゆる不当事項が中心であった。
筆者は検査官会議に議題として提案されてくる個別会計行為の違法・不当を審議する過程で、毎年同種のあるいは同一の不当・違法行為が指摘されていることに疑念を抱くようになった。同じような違法・不当な自体が毎年数多く指摘される事務・事業は果たしてその成果はどうなっているのか。こうした疑問を担当課に質問し、答えを聞いていると、そもそも当該事務事業が、あるいは施策が本来の目的に対するニーズを失っている場合が多かった。
公会計を取り巻く社会・経済環境の変化および技術開発の進展は大規模であり、急激である。国会の承認を経て行われる政府の施策、特に中期・長期のものはこうした大規模で急激な変化の中で、意義を減少させるものや失うものも出てきている。また当該施策に対する社会のニーズの減少や喪失も見られる。他方で、こうした変化に伴って新しい施策に対するニーズが発生する。過去に始められた施策が継続し、新しいニーズに対応した施策が採用されない場合、資金の流用が発生する。こうした事例の典型的な事例が中小企業設備近代化基金であった。
こうした事態に直面し、筆者は会計検査院在職中、政府および公的機関の行っている事務事業で中期・長期にわたり継続して行われているものに関して、正確性および合規性の観点からの検査から、効率性・経済性および有効性の観点からのいわゆる業績検査に重点を移行させることを要請した(図1および2を参照)。現在、徐々にではあるがこうした方向に会計検査院の検査が進んできている。他方「行政機関が行う政策の評価に関する法律」に基づく政策評価や、総務省行政評価局による行政評価も実施されている。
問題はこうした業績検査、政策評価および行政評価の結果をいかに政策、行政の見直しに反映させ、国の財源の適正な配分に結びつけるかである。著者の見る限りでは、会計検査院の検査結果、特に業績検査の結果および総務省行政評価局の行政評価の結果が十分に生かされてはいない。むしろ検査結果および評価結果を政策の見直しや予算編成に反映させるシステムあるいはメカニズムが存在しないといったほうが適切である。
現在わが国の財政は危機的状況にある。財源を有効かつ適正に配分して国民のニーズに従って質の高い公的サービスを低廉な費用で国民に提供することが緊急の課題である。会計検査院の検査や総務省の行政評価は政府および公的機関が行っている事務・事業(以下公的サービスという)が国民のニーズに適っているか、適っているとして効率的かつ適切に行われているかを検査・調査している。その結果それら事務事業が国民のニーズとは乖離している事態や、効率的かつ適切に実施されていない事態が明らかにされた場合には当該事務・事業の見直しや実施の見直しが行われなければならない。いわゆるplan-do-see-planの環が成立し機能することが必要である。現在公会計に求められているのはまさにこうしたことの実現である。
欧米先進諸国において公会計改革がなされているが、その目的あるいは問題意識はこの点にあるということが出来る。すなわち、いかにして質の高い公的サービスを低廉な費用で提供するかである。ために様々な工夫がなされているし、また公会計改革もその重要な要素なのである。
筆者が会計検査院長に任命されたとき、相前後してアメリカの会計検査院であるGAOの院長にWalker氏が任命された。Walker氏の提唱で平成12年より主要先進諸国の会計検査院(SAI)の院長が集まり、お互いに忌憚のない意見交換をし、また検査に関する知識・検査手法の共有することを始めた。筆者も退官するまで毎年この集まりに参加した。筆者が強く印象付けられたのは、各国会計検査院および院長が目指しているのは、現在それぞれの国の政府が挑戦している「公共サービスの質と費用」にいかに会計検査院が貢献するかということであった。そのために各国検査院がまた院長がお互いに協力しようというのがこの院長会議趣旨となった。この会議で筆者が学んだことは、会計検査(audit)とpublic
managementの改善、および公会計改革とが不可分に結びついているということであった。
わが国においても財政の危機的状況を前提に公会計に関して様々な指摘がなされてきている。主な指摘として以下の点が上げられている(公会計に関する基本的考え方)。
- ストックとしての国の資産・負債に関する情報が不十分であり、国の保有資産の状況や将来にわたる国民負担などの国の財政状況が分かりにくい。
- 国と特殊法人等とを連結した財務情報が提供されておらず、公共部門の全体像が把握できない。
- フローの財務情報とストックに関する財務情報の連動がない。予算、決算という現金収支と資産、負債状況との関係の把握が困難である。
- 予算執行の状況が分かるのみで、当該年度に費用認識すべき行政コスト、事業ごとに間接費用を配賦したフルコストや将来の維持管理費用などを加味したライフサイクルコストが明らかでない。
- 事業毎のコストや便益が把握できないため、予算の効率的な執行を図る助けにならない。
以上の指摘の中には、「国民のニーズを満たす質の高い公的サービスを低廉な費用で提供する」、あるいは「public management の改善」といった公会計の使命あるいは諸外国における公会計改革の目的を見出すことはできない。
3 「公会計に関する基本的考え方」を読んで
以上に述べた関心を持って本報告書を期待して読んだ。その結果筆者は何か違うなという第1印象を持った。特に本報告書の「はじめに」の4で、「わが国における厳しい財政状況に鑑みれば、財政規律の確保を強化するための不断の努力を続けていくことは言うまでもないが、公会計の見直しや政策評価制度の充実により財政の透明性の向上が図られ、予算の効率化が進むことが期待される。」(下線筆者)を読んだとき特にその観を強くした。本報告を貫く基本的なスタンスは「財政規律の強化」および「財政の透明性の向上」にあると筆者は読んだがそれは誤解であろうか。
そこで筆者は、いかなる審議がなされてこのような報告書になったのかを知るために、ウエッブ上に公開されている議事概要および資料に目を通した。その結果、あらゆる意見が出され、ほぼ問題点は出尽くしていることを知った。同時に意見の対立が立場の違いに基づいて存在することも分かった。経済学者と法律学者の意見の相違、学者と実務家(会計士、実業家等)の意見の違いも垣間見たように思う。何時ものことであるが取りまとめの期限が設定あるため基本的問題の議論が先送りされている。筆者にはむしろ基本的な問題について徹底的な議論がなされことが、現在必要なのではないかと考えるのだが。例えば「(3) 公会計の意義・目的 3)財政活動の効率化・適正化のための財務情報」では「財政活動を効率化・適正化していくためには、財務情報の充実を図り、その活用を進めることが重要である。ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)の考え方においても、費用や便益に関する客観的な情報を活用して歳出の合理化を進めるとともに、予算編成のプロセスにおいて、事業の将来コストや予算の実行実績の状況を的確に把握し、それを予算の編成にフィードバックすることが重要である」と述べながら、すぐその後で「他方、この場合、財務情報の具体的な活用手法については、公共部門の活動は、必ずしも定量的な評価になじむわけではなく、また、財務情報をどのように評価するという問題もあるため、より実効性のある事後評価手法の確立を含め、十分な検討が必要となると考えられる」と述べ、もっとも重要な問題を咲く送りしている。
さらに「3. 予算及び決算に関する基本的考え方 (2) 予算及び決算に関する諸論点」では、「事業に要する費用の総体を把握し、財政の効率化・適正化を図るという観点から、発生主義の考え方や将来推計といった手法を、予算編成や予算審議のなかでいかに活用できるかを幅広く検討を進めていくことが適当である。」といってここでも今後の検討事項としている。
審議経過に目を通し筆者が一番興味を持ったのは第13回委員会議事要旨の「5議事経過(3)「公会計に関する基本的考え方」の取りまとめを終えての感想として、以下の通り、フリーディスカッションが行われた」の部分である。各委員(名前は出されていない)の考え方や感想が生々しく述べられている。また議論の展開および事務局による取りまとめの方向性がなんとなく見えてくる。筆者は今回の報告書に感じた違和感を納得すると同時に、公会計の本当の改革が近い将来に実現する可能性が低いことに失望感を感じざるを得ない。
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